戦後補償問題を考える弁護士連絡協議会(弁連協)

事務局通信 第134号


 2021年4月8日に本『弁連協通信』133号を発行して、すでに3年以上年月がたった。同133号は、花岡事件大阪国賠訴訟の終結を以って日本国裁判所における戦後賠償訴訟が終結したことを報告した。また、「被害者の属する国の裁判所における戦後賠償訴訟」として、韓国司法の展開を報告していた(同年1月29日第24回「公開フォーラム2021」の報告)。戦後賠償訴訟は、弁連協が活動した加害国日本から、被害者の属する韓国司法に展開し、「徴用工」訴訟及び「慰安婦」訴訟において原告勝訴の判決が出され、戦後賠償訴訟は、実体的権利の存在を前提とした和解に発展する可能性へ大きく展開した。
 その後の約3年の「コロナ禍」を経つつ、同和解の進展が期待されたが、情勢は、逆にむしろ判決の確定とその執行へ向かい、同和解の機運はむしろ遠のいている。一方、韓国司法の原告勝訴判決群は、国際人道法における現代の新たな前進を示し、植民地支配の不法行為に対して旧宗主国の賠償責任が追及されるという国際法の新展開を切り開いている。
 弁連協は「被害者の属する国の裁判所における戦後賠償訴訟」への展開を予見し、それに対して声援を送ってきた機縁があるので、今回韓国司法の画期的な展開のその後について、改めて報告したい。

1、韓国司法の判決確定とその執行状況(2024年)

(1) 「徴用工」判決確定―執行の進行

 これまで、被告日本企業の三菱重工、日本製鉄(現新日鉄住金)、不二越及び日立造船につき判決が確定し、執行の段階となっている。執行に関しては、すでに三菱重工につき特許権(2021,8.18)、新日鉄住金は株式(2022.12.25)、不二越は株式(2024.1,25)が各々差し押さえられ、日立造船については2024年2月20日、同社の供託金が受領され執行手続きが終了した。これら確定判決は既に執行に移行している(判決及び訴訟進行につき、山本晴太弁護士のサイトhttps//justice.skr.jp/koreajudgements/53-2.pdf)。
 日本と韓国双方の司法において実体的権利があることを認めたことを共通の基本とする、「事実を認め、謝罪し、その象徴として金員を支払う」という日韓両国政府と両国企業の基金による和解案(崔鳳泰弁護士ら)は、これら執行の流れに押し流され暗礁に乗り上げた形となっている。

(2)元徴用工に関する韓国政府案(2023年3月「解決策」)

 元徴用工の被害者に対し、韓国政府傘下の財団(「日帝強制動員被害者支援財団」ポスコ拠出を含む)が賠償金を肩代わり支払う形(「第三者弁済方式」)をとる案が2023年3月、「政府案」として報道された。(日韓請求権協定に明記された政府間協議はなされない。)
 報道によると2023年9月の段階で、原告らの内約3分の2は同基金よりの支払いを受けたが、なお、残る原告らは受領を拒否しており、同政府案も根本的解決には至ってはいない。同基金は裁判所に供託を試みて債務の消滅を図り、執行を回避しようとするが、同供託を受け入れるかどうか司法判断はなお固まっておらず、混迷は継続している。
なお報道によると、訴訟を提起した原告は約1100名に上る。韓国政府には新たな財団を設立し、追加補償するという案が浮上している。

(3)「慰安婦」訴訟判決(2021年1月ソウル中央地裁)確定判決の執行

 2021年1月8日ソウル中央地裁判決につき、原告らは同年4月、執行の為、同地裁に対し、日本政府所有資産目録の開示を申請した。同開示命令に対し、日本政府は同命令書の受け取りを拒否。ソウル中央地裁は、「宛先不明」と開示命令を取消した。抗告がなされたが、2024年7月31日、抗告棄却。この事例によれば、同確定判決の執行は実効性のないものとなってしまう。
 さらに、2023年11月23日のソウル高裁の判決(主権免除に関する不法行為例外の国際慣習法の成立)につき、同様に執行のため、日本政府所有資産目録の開示申請がなされたが、上記前例から見ると、開示命令が取り消される恐れがある。

(コメント)勝訴判決の確定にもかかわらず、両国政府にあって、解決策が有効に打ち出されていない。しかも勝訴判決の執行自体が、司法手続きの中で、停滞または上記のように資産目録の開示をめぐり取り消される状態にすらある。もともと司法判断だけでは問題の解決にはならないことは指摘されていたが、実際にも、勝訴判決の執行自体でその進展が停滞あるいは混乱している。
 戦後賠償訴訟の訴訟としての目的が、日本国および日本企業が、@事実を認め、A謝罪し、Bその象徴としての金員を支払うという和解の成立から離れ、是非なく判決確定と執行に集約されてしまうことは、もともと原告団・弁護団の希望するところではなかった(前記崔鳳泰弁護士の和解案を参照)。その限り、韓国内の情勢は、司法判断における国際人道法の新展開にもかかわらず、特に韓国政府の打ち出した解決策は、「謝罪と和解」の期待された解決とは異なる方向へ向かっている。

2,韓国司法の切り開く植民地支配の損害賠償の国際法域(2024年)

(1)韓国司法判決の切り開く国際人道法の新地平

「徴用工」訴訟の判決は法律上の争点である日韓請求権協定の「範囲」につき、植民地独立に当たり、「植民地支配の不当性(「徴用工」問題を含む)による損害賠償の国際法域の存在を認める前提」に立つ韓国大法院判決により、日韓請求権協定(の範囲につき)はその国際法域を含んでいなかった(サ条約4条に基づく条約)と判断、国際法域の新地平を切り開いた。端的に言うと、植民地支配の不当性(「徴用工」問題を含む)による損害賠償の国際法域の存在を主張した。独立後の賠償請求が国際法上成立するという主張である。サ条約当時の当事者間(米英蘭仏は植民地保有国)に共有されたと目される国際法に対し、韓国は早くから植民地支配の損害賠償に関する国際法域の存在を主張していた。
「慰安婦」問題に関しては、2020年1月18日ソウル地裁判決が、「強行法規違反の行為に関しては、「主権免除」は排除される」と(2012年ICJ判決のTrindade少数意見と同様の判旨)判決した。
 その後も、2023年11月23日ソウル高裁判決では、「主権免除」に対し、さらに進んで「不法行為例外」の国際慣習法の成立を認め、原告勝訴判決(山本晴太弁護士訳同『判決書』。前記サイト)を出した。この判決も、植民地独立後、旧植民地人民が独立後の自国司法に対し、旧宗主国を被告として、不法行為責任を追及する訴訟を提起することができる新地平を切り開いたことになる。

(2)世界史性を持つ植民地支配と賠償請求の国際法域

 韓国司法の「徴用工」判決及び「慰安婦」判決は、ともに国際(人道)法において、旧植民地支配に関する旧宗主国の賠償責任を認める新地平を切り開いた。これは、韓国司法が突出して切り開く国際人道法における新地平である。
 ドイツと日本で開始された「戦後賠償訴訟」が展開してゆく新地平は、まず、@「加害国(ドイツ・日本)裁判所における訴訟」から始まり(結果は全敗)、日本国内法から非人道的な行為に対する国際人道法へ争点が展開(国際人道法に基づく個人請求権の確立及び政府間の国民の個人請求権放棄条項の国際法的無効)、次にA韓国、即ち「被害者の属する国の裁判所における戦後賠償訴訟」への展開であった(中国における同訴訟の提起は、一部受理され、さらに一部は和解が成立したが、訴訟の進展はない)。ヨーロッパでは、ギリシャおよびイタリアの司法への展開であった。
 今や、さらにその展開は、B旧植民地支配の旧宗主国に対する損害賠償責任へ広がりつつある。韓国司法における戦後賠償訴訟の二重性(植民地住民に対する非人道的な戦争動員に関する戦時国際人道法と植民地支配)が、従前の戦後賠償訴訟に加え、新たに植民地支配の賠償問題を切り開いたと評価できる。韓国司法が切り開く国際人道法の新しい地平は、問題を、より「世界史性」を帯びる植民地支配と損害賠償へ広げている。この潮流は、旧宗主国が旧植民地から略奪した文化財の返還問題など、現在広範に広がる旧宗主国の植民地支配の賠償責任の追及に至る世界史的流れに位置づく問題である。
 この展開が、戦争と植民地支配に関する国際法の新地平を切り開き、旧植民地と旧宗主国の国民双方の世界史的な和解へ一歩展開することに繋がることを希望する。

2024年10月26日、英国の旧植民地など56か国で構成される英連邦は、サモアで首脳声明を発表。英国が16世紀後半以降、アフリカからおよそ300万人を奴隷として南北アメリカに運んだ「奴隷貿易」に関し、謝罪や賠償の協議を始める。(『日本経済新聞』10月30日版)(参考情報 「戦後補償ネットワーク」有光健 cfrtyo@gmail.com)

2024年10月30日

戦後補償問題を考える弁護士連絡協議会
(略称「弁連協」)
事務局主任
弁護士  木 喜孝
千代田区麹町4−5−10麹町アネックス3階
東京赤坂総合法律事務所
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